
1ヶ月ぶりにBUMPで泣いた。
「プレゼント」聞いてたら、もう亡くなっている祖父の事を思い出した。
だから、泣いた、訳じゃないけど、
改めて生きていることに素晴らしさを覚えた。
僕が中学1年か2年頃に亡くなったのですが、
遺体である祖父、おじいちゃんを家に迎えた時に、
皆泣いてたけど、僕は涙を流す程度でした。
おじいちゃんの遺体は、死後硬直と腐敗を防ぐために体の数箇所に、
ドライアイスが触れるように置いてあって、家に迎え入れて、・・・おじいちゃんは帰宅し皆は喪にふくし、
その時に初めて死人を真近で見て、初めて、死後のおじいちゃんに触れた時、一気に涙がこぼれてきた、
今まで温かかったモノがこんなにも冷たい。
触っているだけで、寒くなるような・・・。
今でもあのときの、おじいちゃんの顔を憶えています。
おじいちゃんの死因は確か脳梗塞。前から高血圧だったので・・・。
ある日に、何故か母が僕を起こしてきました、その時は夜で確か11時くらいです。
どうやら、おじいちゃんが苦しんでいるらしい。
僕達は急いで一階下の祖父と祖母の寝ている部屋に行こうとしました。
すると、おじいちゃんは玄関まで来てました。
祖母はずっとついていて祖父の体をさすっていました。
おじいちゃんはとても苦しそうだった。
おじいちゃんは病院が嫌いだったので、おじいちゃんは救急車を呼ぶのを拒否していました。
そして、ほどなくして、おじいちゃんは救急車を要求したので、父が急いで救急車を呼びました。
救急車が来る間、僕はただ見守ることしか出来なかった。
そして、どれくらい時間がたったろう、
救急車はすぐに来た。
そして、おじいちゃんが救急車に消えていってしまった。
しかし、
救急車に乗ってから、出発するまでにとて絵も時間が掛かった。
30分以上はそんな感じだったかな・・・。
おじいちゃんは無事でしたが、脳梗塞のため、イツモどうりのおじいちゃんではなくなってしまった。
あの笑顔がカッコイイおじいちゃんはいなくなってしまった。
そして、入院しました。
救急車で運ばれてから、無事が確認されるまで、すごく心配だったけど、
戦闘機に追い掛け回されても生き残ったおじいちゃんなら大丈夫だって思っていました。
必死で思い込もうとしました。
お見舞いにも行きましたが、会話能力も記憶も著しく低下していました。
近くまで近寄って、「どなた様ですか?」と言われるんじゃないか、とか思っていましたが、
僕が手を握ると、僕の名前を何度も読んでくれました。
本当は泣いてはいけないんですが、泣きそうになったために、
笑顔を保っていましたが、瞳の奥底で泣きました。
入院は十数日で終わりを迎えました。以外にも早く退院できたのは驚きました。
家では普段どうりの生活・・・なんて出来ませんでした。
すごく血色が悪くて、白く、真っ白く見えました。
倒れてから、おじいちゃんは、表情も硬く笑顔がなかったのですが、
家に帰宅して、愛犬のルナが白くなってしまったおじいちゃんの所に行って、
ルナが尻尾を振って飛びついた時に、にわかにおじいちゃんから笑顔がこぼれました。
僕は今でもあの一瞬を焼き付けています。
こんなに嬉しく思えたのは、久しぶりだった。
そして、数日して、またおじいちゃんが入院しました。
今回はそんなに緊急を要することでもありませんでした。
そこから、また数日間、2週間ぐらいおじいちゃんは入院しました。
その間、同じ病室の人とも仲良くなって、あの時よりかとても会話できるようになったそうです。
なので、僕達はその日の週末にお見舞いに行く予定でした。
しかし、
その週末にまた、おじいちゃんが脳梗塞を再発しました。
今回はやばかった。
一命は取り留めましたが、いつ亡くなってもおかしくはない状況でした。
確か金曜日でした。
その一報を聞いた僕達は、コレが最後になってしまうかもしれないお見舞いをしました。
息はまさに虫の息で、僕が行った時はまだ意識もありました。
僕はぎゅっと手を握りました。握る前は悲しくて悲しくて涙をこらえられませんでした。
でも、手を握った後は、不思議と悲しくありませんでした。
むしろ、何に対してなのかは分からなかったけど勇気が湧いてきました。
今思えば、あれが最後のメッセージだったのかなぁ。
急いで病院に来たので、長いも出来ず、おじいちゃんの容態も安定したので、
僕と母は帰ることになりました。
そして、1時間経ったでしょうか、病院に残っていた父から電話がありました。
「おじいちゃん帰るよ」
僕は何を言ってるのか本当に分からなかった。
「おじいちゃんが息を引き取った」
こういう時って直接的な表現でないとわからないものだ。
そこで、初めて理解した。
ああぁ、もうこの世にはいない。
今まさにあの世に行って想像もしえないことを体験をしている。そう思いながら、静かにおじいちゃんの帰りを待った。
30分して、扉の開く音が聞こえた。
父が最初に僕のところに来てまさに「ただいま」を言う時に、
普段、感情の起伏があまりない父が泣いたのだった。
それがあまりにもショックで混乱して、何故か怖くなった。
そこから僕の涙腺は決壊していくわけです。
やはりいない。
一人いない。
人がいない。
勇者がいない。
柱がない。
初めて死人に触れ、葬儀も行った。
僕の尊敬する人がいなくなったときの喪失感は甚大であった。
最後、葬式で棺おけに入ったおじいちゃんに皆で花を手向け、皆泣いた。
僕は何故か思いっきり泣けなかった。
無理に泣こうとした、
涙は少ししか出なかった。
最後に僕は「おじいちゃんありがとう」って2回ささやくように言った。
この時がおじいちゃんに会える最後の時間なのに、
僕は泣けなかった。
くそ!!
その後おじいちゃんは、あの勇敢な姿はなく、骨の状態で僕の前に現れた。
その時も泣けなかった。
そして、お墓に入れた。
何故だろう、今になってやっと涙があふれてきた。
心の底から恋しくなった。
だめだ、もう書けない。
初めてこんなに長文を書いてしまった。
ごめん、でも抑えきれないんだ。
今は後ろで「R.I.P.」が流れています。
この内容だから曲をかけているわけではない。
ただなんとなく聴きたくなった。
唯一僕が尊敬の出来る、勇敢で雄大な
おじいちゃん
ありがとう。
